第八十九弾 シーマ60年の歴史

2021年04月28日(水)

じょしゅ
みなみなさま こんにちはでございにゃーす♪
きょうじゅ
さてさて、今年2021年5月は、シーマ創立60年を迎えます!

今回のブログは、そんなシーマについて少しでも知ってもらいたいと思い
シーマの歴史をお伝えしようと思います。

じょしゅ
ぜひ おつきあい ください
きょうじゅ
シーマは、1961年
先代の会長嶋村弘治により、株式会社ビデオサービスステーションとして設立しました。

きょうじゅ
先代の会長は、自身の著書「日々新たに」で
自身の生い立ちと、シーマの歴史を著しています。

きょうじゅ
先代の会長は、戦争を乗り越えて
当時の松下電器の代理店勤務を経て
そこから起業しました。

戦後は、時代がめまぐるしく急成長を遂げ
映像と音響機器も発展して行く中で、それに伴い機材もよく壊れていたのでラジオなど映像音響機器をメインとする修理工場として営業を開始しました。

最初はほんの数人で始めた事業も、順調に社員が増え
1966年には、上新庄に新社屋を建設し移転しました。

きょうじゅ
そして1973年、東京にも営業所を開設します。
今の東京支店となるものです。
きょうじゅ
1988年には、株式会社ビデオサービスステーションは、ビデオシステムサービス株式会社に社名変更し、

さらに、大阪ビジネスパークに事務所を構え
映像機器の販売・レンタル、ソフト制作とダビングという新しい事業を開始し
株式会社オーエーブイがここで設立しました。

この時の社長は現会長の嶋村裕吏です。

じょしゅ
せんだいの かいちょーの ちょーなんだよ。

きょうじゅ
その後、1990年にシーマビルが完成

きょうじゅ
このビルは、シーマを古く知ってくれている人なら
よくご存知ではないでしょうか。

このビルの完成で、ビデオシステムサービス株式会社、株式会社オーエーブイを統合し株式会社シーマを設立しました。

シーマという名前は、
先代の会長の愛称と、そしてスペイン語で「頂点」という意味をもつことから名付けられたそうです。

じょしゅ
そして せんだいのかいちょーは くるまも シーマ だったんだよ!
きょうじゅ
順調と思われた事業も
平成になり、時代は不況に陥り、シーマの存続も危ぶまれていきました。
この頃には、社員も約半数に程減ってしまって
危機的状況でした。

2004年シーマビルを手放し、今の江坂に引っ越した頃です。

この時に、現社長の堤裕成が社長として就任しました。

じょしゅ
せんだいの かいちょーの じなんだよ。
きょうじゅ
社長は、就任時から今までずっと我々社員全員に
「社員個々が輝くように」というメッセージを送り続けています。
じょしゅ
そんな、シーマも いまでは
しゃいんが 110にんを こえたよ!
きょうじゅ
今では、お陰様で大阪本社と東京支店に加え
2008年に京都・広島支店、
2017年に九州支店を設立し、
映像のシーマをたくさんの方に知っていただけてるかと思います。

きょうじゅ
決して順風満帆ではなかった中で
先代の会長をはじめ、社員一体で走り続けてきた60年でした。

シーマを築いてきた、先代の会長・会長・社長はどんな事においても
人とのご縁と感謝を常に大切にしています。

じょしゅ
60ねんのれきし ここでは かたりきれないくらい いろんなことが あったね。       
きょうじゅ
これからのシーマも
当初からの思いや技術を守りつつ、
そして現状に満足せず、新しい事も攻めつつ
100周年を目指していきます!
じょしゅ
60ねんかん ありがとう!
そして これからも よろしーま♪

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